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Vol.04

今や美肌も発毛も超音波でケア!「からだによい超音波」の仕組みとリスクを研究者にインタビュー

星 貴之

PROFILE

株式会社ピクシーダストテクノロジーズ
CRO / Co-founder

星 貴之

1980年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。博士(情報理工学)。物理と数理を駆使する、波動制御技術の専門家。超音波技術の研究開発と応用探索に取り組み続け、非接触触覚、三次元音響浮遊、人工授粉、創傷治癒、発毛促進など超音波技術の新たな地平を切り拓く。

「超音波」と聞くと縁遠いイメージがありますが、超音波は医療分野では昔から利用されており、じつは私たちの身近にある技術です。エコー診断などのほか、歯科治療やリハビリなどのからだのケアにも利用されています。

今回は超音波技術研究の第一人者である星貴之氏に、超音波とは何か、人体に超音波を照射することによる健康への有用性とリスクなどについて話をうかがいました。

そもそも「超音波」とはどんなもの?

「超音波」について私たちはどう理解すればいいでしょうか。

超音波は音の一種です。一般的には「周波数が高くて耳に聞こえない音」だとされていますね。

学生時代の理科の授業を思い出していただくと、音は振動、つまり波だと習ったと思います。「周波数」とは1秒間に波が何回繰り返されるかを表し、大きいほど高い音になります。可聴音(人間の耳に聞こえる音)はだいたい20kHzぐらいまでで、それを超えるような高い音が「超音波」と呼ばれます

実は超音波には「聞くことを目的としない音」という、周波数ではなく目的による定義もあるのですが、一般の方は20kHz以上の音だと理解すれば十分と思います。

また同じ超音波といっても、大きく以下の2種類に分けて考えると分かりやすいと思います。

空気を介して伝わる超音波
固体や液体などを伝わる超音波

固体や液体の中を伝わる超音波とは、どんなイメージですか?

たとえば、エコー検査や厚さ測定、探傷試験などですね。高い周波数を出して、速度の違いを見たり、反射する音の大小を見たりしながら検査するものです。

さまざまな分野で活用される超音波

医療分野でも活用されている超音波

エコー検査など、医療分野でも超音波は活用されていますね。

妊婦健診時に胎児を観察したりするエコー検査装置は反射した超音波を解析して、画像化しています。医療分野での利用の歴史は古く、1942年には超音波による診断が試みられているようです。がんなどの病気の検査にも使われていますね。こうした超音波検査で利用されているのは、空気ではなく人体の中を伝わっていく方の超音波です。

超音波検査は体にゼリーを塗るというひと手間はかかるものの、体への負担がほぼなく、放射線を浴びることもないため、妊婦さんや高齢の方も受けられるのが特長です。

さまざまな分野で活用される超音波

最近では治療でも使われていると聞きました。

治療といえば、超音波振動を用いて洗浄や切削を行う歯科治療や物理療法などに利用されています。

物理療法に使われる超音波治療器は1秒間に100万回~300万回(1~3MHz)の振動で、体の奥深くに刺激を与えます。超音波振動によって発生する温熱作用もあり、患部を立体的に温めることができます。

美顔器もやはり振動を使っているのですか?

そうですね。超音波振動を皮膚に与えることによる様々な効果を狙ったものです。皮膚細胞や皮下脂肪、筋肉にはたらきかけたり、通常のクレンジングでは落としきれない皮脂や角質を浮き上がらせて取り除いたり、温熱効果によって特定の部位を温めたり、といった効果があるとされています。

そして最近、発毛分野で超音波による「非接触振動圧刺激」という新しい技術が生み出されました。

注目を浴びる超音波によるスカルプケア

発毛のために、超音波を人の体に伝えるのですか?

ここまでお話ししてきた超音波は振動体を皮膚などの対象物に接触するものでしたし、そういったイメージを持ちやすいですよね。

しかし「非接触振動圧刺激」は、空気を介して伝わる超音波を利用します。その超音波は皮膚の表面で反射され、皮膚を軽く押すような弱い圧力を生じます。その圧力を利用して皮膚を刺激します。つまりこの超音波は皮膚の内側に伝えることが目的ではなく、そもそも皮膚の表面をふるわせることが目的の超音波なんです

非接触超音波と接触超音波の違い

この「非接触振動圧刺激」の弱い圧力が発毛を促すトリガーになる、ということを示した研究成果が、発毛分野において注目を集めています。

弱い圧力を加えるために超音波が有用なのですね。

はい。超音波による刺激を皮膚に与えると、発毛剤であるミノキシジルと同等の発毛効果があることがマウスを用いた実験で確認されています。この発見は、皮膚に超音波を照射した際の傷の治り具合を調べる実験の副産物でした。皮膚を1g程度のごく弱い力で刺激すると傷の治りが早まる現象についての研究をしていたところ、発毛も促進されることがわかったのです。

これを受け、マウスや健康な成人男性を対象にして、超音波を照射する試験が行なわれました。その結果、超音波による弱い圧力が発毛を促すことが実証されています。

休止期毛割合と成長期毛割合の試験前後の比較

休止期毛割合と成長期毛割合の試験前後の比較

そのような弱い刺激を維持することは、手指によるマッサージや接触デバイスではなかなか難しく、非接触の超音波だからこそ簡単に実現できると考えています。

超音波を頭皮に照射することへのリスク

超音波を頭皮に当てることのリスクはないのでしょうか。

さきほどご紹介した試験では、40kHzの超音波を皮膚に空気を介して非接触で当てて、そこで発生する圧力によって刺激を与えました。

簡単に言うと、「揉むような刺激を非接触で与えた」わけです。超音波のパワーの99.9%は皮膚表面で反射され、内部には伝わりません。皮膚に浸透する0.1%はというと、超音波エコー診断装置の安全基準の700分の1程度と極めて弱いものです。

このため、皮膚内部に浸透する超音波で熱が生じたり、脳に影響を与えたりすることはありません。耳に対する影響については、通常使用時の頭部モデルの耳元で実測したところ許容値を下回っていることを確認しており、聴力低下の心配もありません。超音波が内耳まで届いてキンキンとした聞こえを生じる場合もありますが、その聞こえを補聴器に応用している研究者から16年以上無事故であると聞いており、不快でない限り問題にはならないと考えています。

頭皮へのダメージも少ないのですか?

その通りです。頭皮への刺激としては1g程度という非常に弱い力なので、振動で頭皮がダメージを受けて炎症を起こすようなこともありません。ここまでお伝えしたように懸念されるすべての事項についてクリアしているため、頭部への超音波照射に危険はなく、安全であると考えています。

また、1回20分の超音波照射を毎週行なった臨床試験においても、「いずれの被験者も超音波刺激に起因すると考えられる有害事象はなかった」と報告されています。

からだに入っても大丈夫な超音波を反射させているので、安心感はありますね。

超音波の医療応用は今なお精力的に研究開発が行われています。検査や治療だけではなく、今後はスカルプケアの分野でもますます利用されるようになっていく、そんな期待が持てるのではないでしょうか。

超音波で起こせるいいことはきっと発毛だけではない、もっとたくさんあるはず。私はそんな期待を持ちながら今も研究しています。

アカデミア発の技術を社会に実装 Pixie Dust Technologies, Inc.